カテゴリ:麻雀遍歴( 5 )


2008年 05月 25日

麻雀遍歴最終編(5)~プロ雀士と対戦

麻雀遍歴が途中で最終編まで書いていなかった事に~
それでは最終編を語ろう・・・・・。

麻雀そのものを生業としている連中と~
正業は大体想像がつくが~敢て黙そう・・・・・。

初めはレートの低い卓で打つが~
その内レートの高い卓に誘われる様に・・・。

その時の雰囲気は想像し難いでしょうが~
皆無言でシィーン~とした静けさの中で麻雀を~。

声を出すのはポンとかチィーとか最低必要な言葉だけ・・・
その内誰かが静かにロンと~不気味な麻雀を体験した。

こんな処に来るには相当な場数と修羅場を潜ってきて連中ばかり
負けてたまるか~と思えば・・・相手の思う壺と上手にかわした。

上には上がいると教えられ~井の中の蛙では所詮ダメと知る。

もう一つ勉強になったのは・・・
対局中に感じた事だが~段々五感が研ぎ澄まされる。

私が放打すればサンコロの場面で罠を掛けてきた相手のリーチに・・・
牌を掴んだ時~今迄に無い感覚で瞬間的に当り牌と感じた時があった。

結局流局になったが~相手の手牌を見たらカン通りの当り牌だった。
五感を通り超え~六感までの世界に・・・・・・

以上で私の福井での麻雀遍歴を終えます~m(_)m。

今では~とてもこんな麻雀は出来ませんが・・・笑い。

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by kansai-g | 2008-05-25 15:29 | 麻雀遍歴 | Trackback | Comments(0)
2008年 02月 03日

麻雀遍歴(4)~実戦始まる~

いつもの様に何気なく牌をさばいていた。

配牌やツモの流れも悪くなかったが、一九字牌がやけに目立つ配牌が来た。

点棒もあるし、いっそ「国士無双でも」と中間牌から切り始めた・・・。

ところが、ツモる牌はすべて中間牌にくっ付いて面子になっていく。

しまったと思うが後戻りはできない、ただ中間牌を強引に打つするのみ・・・、

よく放打しなかったものだぁ・・・冷汗。

結果全員上がれず流局となるが、自分の前の捨牌をみれば普通に打っていればツモ和了していた。

対局相手の3人も、役満警戒で下りながらの回し打ちで勝負に来なかったのが幸いした。

ここで閃いたのが局面を読まずに、今まで場面だけを見ていた事に・・・。

いくら配牌が悪くとも、流れを無視したら上がれない事を知ると共に、

対戦相手が下りる事の心理的な面も・・・。

さすが中国四千年の歴史から生まれた麻雀の奥深さが少しわかった・・・笑い。

大学近くの麻雀荘「東南荘」に出入りし、同級生や先輩と本格的に実戦が始まる。

どんどん回数がふえるが、あまり負けなくなってくる・・・笑い。
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このあたりから経験だけでなく、盲牌(指先で牌がわかる)や、

牌がどの位置にいるか記憶するテクニックも身につけていく。

局面を意図的に変える事や相手の性格を読むなど・・・奥深さがだんだんわかってくる。

後に直木賞作家となる阿佐田哲也の「麻雀放浪記」などもよく読んだなぁ~、

ペンネームの阿佐田哲也は 朝だ徹夜に由来している~面白い・・・笑い。

学生麻雀で少し強い位は井の中の蛙である事を後で思い知らされる、

この事は次回に・・・。

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by kansai-g | 2008-02-03 15:14 | 麻雀遍歴 | Trackback | Comments(0)
2008年 01月 26日

麻雀遍歴(3)~実戦の夜明けが始まる~

大学生になって、下宿で一人暮らしの生活が始まる。

北陸地方の福井は特に雪が多く、冬場はoutdoorでの行動には制限がある。
こんな諺があるくらいだ 弁当忘れても 傘を忘れるな!。 
冬場は傘と長靴は必需品、とても四国の人には信じられないだろうが・・・。

高松育ちの私は、こんな馬鹿な体験もしてしまいました。

多少の雪でもスニーカーで大丈夫とタカをくくっていたのが大間違い、
福井の雪は水分が多く、靴下までびしょ濡れ・・・笑い事で済まなかった。

6畳一間の下宿に帰っても、部屋には今みたいに、テレビやパソコンもない。
あったのは電気ポットひとつだけ・・・これが現実でした。
丼にチキンラーメンを入れ、電気ポットで沸かした湯を注ぐ~3分待つ・・・。
本当に重宝しました~またチキンラーメンが美味かった・・・笑い。

こんな生活環境で唯一の娯楽といえば、麻雀くらいしかなった・・・。

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最初は部屋で、同じ下宿の先輩・同級仲間とやぐらコタツで麻雀を・・・暖かい。

故郷の事・大学生活の事を話しながら麻雀を楽しむ・・・勝ち負けは二の次。
ほとんど毎日麻雀をしていたら、勝ち負けは二の次と言っても、最後は点棒を計算する。
勝つ人、負ける人が何ヵ月単位でみれば決まってくる・・・何故だろう??。

回数が多く、短期間の内に麻雀の知識・技術力を先輩からも学び取る。
これも小学生の時からの麻雀経験での基礎が役に立つ。

麻雀の知識・技術力に多少の経験が加わり、勝つ確率がより高くなっていく。
しかし、下宿仲間や同学部の仲間と何時もメンバーが決まっていた。

この事が後で大きな問題点になっていく、
所詮井の中の蛙に未だ気が付いていない。

ある日、大学の近くの雀荘 東南荘 をのぞいてみた。
眼光の鋭い怖そうな先輩達(網野のSさん・能代のAさん、後には大事にしてくれました)の麻雀を後ろから見ていたら、打ち方が全く違うし迫力を感じた・・・何なんだろう・・・?。

これはレベルが違うと、今先輩達と麻雀をすれば確実に負けると思った。
中国四千年の歴史から生まれた麻雀、奥が深くそう易々とはいかない事を知る。
麻雀の知識・技術力に経験ともう一つ何か学び取らないと先輩達とは麻雀できない。

その何かがつかめないまま相変わらず、いつものメンバーで麻雀を楽しんでいた。

そこで、ある事に偶然気づいた~次回のお楽しみに・・・笑い。

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by kansai-g | 2008-01-26 19:09 | 麻雀遍歴 | Trackback | Comments(0)
2008年 01月 24日

麻雀遍歴(2)~基礎期間の高校時代~

高校時代は自称真面目な高校生で、たまにしか麻雀をした記憶しかない。

ベンチャーズのエレキギターの音に衝撃を受けた時期でもあったし、

これでも、しがない大学受験生の一人でしたので・・・笑い。

当時人気TV番組の11PMで大橋巨泉の麻雀シーンがあった、

牌の切り方や手作りの仕方をセオリー通り教える画面に成程と教えられた。
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余談ですが、11PMは当時としてはかなり前衛的なTV番組でオープニングに

バニーガールの怪しいげな微笑(モナリザの微笑みとは違う)から始まったかなぁ・・・。

今はセミリタイアしているが、司会の大橋巨泉は多芸・多趣味で放送作家や

音楽(JAZZ)・野球・競馬評論家は勿論、ゴルフ・麻雀・俳句・英会話などマルチタレントのパイオニア的存在でした。

後に国会議員になるも突然やめた事は私なりに彼らしいと評価している。

毒舌の司会はビートたけし以上で世の中をあらゆる角度で切り込み、的を得ていた。

今風にいえば島田伸介と言った方が解りやすいかもしれない。

パイロット万年筆のCM みじかびの きゃぷりことれば すぎちょびれ すぎかきすらの はっぱふみふみ が大流行となり、

とても懐かしい・・・笑い。

今思えば大学時代に本格的に麻雀をする基礎の期間だったかもしれない・・・。

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by kansai-g | 2008-01-24 20:32 | 麻雀遍歴 | Trackback | Comments(0)
2008年 01月 20日

麻雀遍歴(1) ~麻雀との出会い~

麻雀の事は余り書きたくなかったが、ある事が切欠で書いてみようと・・・。

今は麻雀をする事が仕事上で必要なくなってしまったが、

客先との営業上一つの道具だった時期があった、今の営業マンには信じ難いと思いますが・・・。

妻がゲ-ム機(Wii)で麻雀をしていると、どの牌を捨てれば良いか聞かれ、

教えていく中で、一度自分でもしてみたくなった・・・笑い。

丁度役満の大三元をあがった局面です。

私は捨牌の西をきった時に聴牌していました。

対面より当り牌の一万が出るがスルーして、尚且つ白もカンもせず、

機械相手でも大三元の聴牌を悟られない様にして發をつもって

無理やり役満に持っていったあがりでした、少し強引過ぎるかなぁ~(笑)
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私と麻雀の出会いは、多分小学校四年生位だった思う、

父や伯父さんと又は高等学校の教師に手ほどきを受け夏休み・冬休みに・・・・。

当時はあがり役を知らなくて、白・發・中の役牌をないてあがる位しか出来なかった。

しかし今思えば、使っていた牌は象牙と竹でまさしく本物であった、今買えば高いかも・・・。

役を覚え、手づくりも出来始めた・・・段々楽しくなっていく。

大人が相手なのに勝ってしまう事もあった・・・ビギナーズラックと後で知る。

父に麻雀は「一生に同じ手は二度と来ないよ」とよく言われました。

後に、中国四千年の歴史から生まれた麻雀の奥深さ知らされる事に・・・笑い。

今日は序なので、このあたりで失礼・・・退席。

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by kansai-g | 2008-01-20 20:03 | 麻雀遍歴 | Trackback | Comments(0)