カテゴリ:私の青春(ギター)( 7 )


2007年 04月 28日

ギターとの出会い 音を楽しむ

軽音学部の後輩にやたらトランペットの上手いやつがいた。

K君(F放送?)である、若い時の日野皓正の攻撃的な演奏が得意だった。

大学祭で彼と白昼の襲撃のテーマのアドリブ合戦を延々とやりあった。

体力と自分のフレーズをどれだけ多く持っているかの正に真剣勝負でした(笑)

なつかしい思い出のひとつでもある。

その後2代目ザ・チャレンジャーズへと進化する。

2代目はボーカル主体のカリフォルニアサウンド系のバンドで、

メンバー全員がボーカルに参加し、リードボーカルとサイドボーカルのハーモニーが結構楽しく、

夢のカリフォルニアや青い影などを得意としていた。



軽音楽部の後輩2人がプロへの道を選び東京へ・・・私にも声が・・・???

ライヴハウス紅馬車時代のバイトで少しはプロミュージシャン達を知っていましたので、

自分の技術・能力では無理と・・・(笑)

プロミュージシャンで飯が食えるのはほんの一握り、

何時まで経っても音楽業界で後輩の名前が聞こえてこなく、良き経験をさせて頂きました・・・。

私はギターと出会い

演奏の楽しさとチームプレーの大切さも教えてくれました。

今でも休日にはオールディズやロックバラード等を聴き結構青春してます(笑)

最近は趣味の音と画像を編集してDVD作成の為バラードなどスローな曲か癒し系の曲が多いかなぁ・・・。

古いギターをリペアしペグも新品に取替えギターは昔の状態に・・・・、

しかし戻らないのが腕、 しょ~うがない皆青春時代は一度だけと一人で苦笑。

今の私にとっての音楽はまさに字の通りしんでいます。
f0138879_1975717.jpg

青春時代の思い出の曲、オリジナルナンバーの孤独の旅路のワンフレイズを御紹介してペンをおきます・・・。

                ギターと二人 気ままな旅さ~ 
                Cm   Cm  Cm    G7 
                野バラがそお~っと 話してくれた~
                Cm    Fm    Cm   G7 
              きっとあの娘(こ)に~ 会え~るだろうぉ~
              Cm       Fm  Cm  G7 Cm
               水面に浮かぶ木の葉に聞いた
               E♭       Cm   B♭
                  遠い夢で消えるのか~
                  A♭   G7
                思い出だけで 終わるのか~
                Fm   Cm   D7   G G7
                    ♪~♪~♪~♪~♪ 

[PR]

by kansai-g | 2007-04-28 11:20 | 私の青春(ギター) | Trackback | Comments(1)
2007年 04月 28日

ギターとの出会い 初めてのジャズロック

ライブハウスでのバイトはお金は安いしハードでした。

しかしプロミュージシャン達と直接触れ会える事と、最高の機材で演奏でき、

東京・横浜・大阪のバンドとも競演し貴重な経験もしました。

観客の目の前で演奏しているので、今自分達の演奏が受けているが否かすぐにわかり、

今思えば金額以上の経験をさせて頂き、有難く懐かしい思い出でした(笑)

レパートリーもどんどん増え200曲近くになり、年齢的にも吸収が早い時期だっだんでしょうね・・・。

ステージでの演奏曲目の順番もバンマスTさんは巧み、ボーカルの間にインスツルメントをうまく入れる。

当時教わったのがジ・イン・クラウド・Cat等のジャズロック演奏でした。

その頃はラムゼイ・ルイス・トリオやジミースミスの曲とは知りませんでした。



今でもジャンルにこだわらないのは、この頃の影響かなぁ~と・・・。

相変わらず音は自分の耳で音を拾い、逆にアドリブは全然抵抗がありませんでした。

楽譜が読めないので、アドリブはその時の雰囲気で弾いていましたね・・・(笑)

気をつけた事はコード進行から余りかけ離れない事とリズムとテンポ、

ドラムのビートに合わし、何小節目でアドリブを終わらすか唯それだけだった。

当時は気がつかなかったんですが、今になれば演奏の基本はどのジャンルでも同じと気がつく。

イントロ~主旋律~サビ~主旋律~エンディングへの流れのパターンである。

そう理解すると音楽がよりわかりやすくなる。

[PR]

by kansai-g | 2007-04-28 09:23 | 私の青春(ギター) | Trackback | Comments(0)
2007年 04月 28日

ギターとの出会い ライブハウス紅馬車デビュー

バンドの構成メンバーが増えドラムにS君が加わる、

ベース担当のI君の野球部仲間で当時大学のエースピッチャーでもありました。

一人で趣味のドラムを叩きベンチャーズナンバーのキャラバンのドラムソロもそこそこコピーしていた。



初めて彼のドラミングを見た時の手首の柔らかさが今でも印象に残っている。

K君はドラムが大好きでしたので葛藤がありましたがバンド全体を一つ上のレベルにあげることで説得し、

全体の音を包み込むキーボードを担当してもらう・・・。

曲によってはK君のドラム、S君のキーボードとチェンジすることで納得してもらった。

バンドリーダーの時に大変な勉強をさせて頂き、社会人になって役立つとはその時は気が付いていない(笑)

余談ですがS君とキャッチボールをした時、私に座ってみろと言われたので座り、

S君の球を受けるも捕れず速すぎて怖い感じがした。

投げた後軽く投げたよと言った時、

本気で投げたら何キロのスピードが出るのか後でI君に聞いたら、140キロは出るでいわれて本当に怖かった。

スピードガンは無い時代 本当かなぁ~???

話が戻るがライブハウス紅馬車のクラブバンド「カントリーブラザーズ」の若手メンバー全員がプロデビューする。

確か名前は「レッゴー・ゴーズ」だったかなぁ~???

バンドリーダーのTさんは一人になりメンバー募集情報が入り、

当時我がチャレンジャーズも(笑)地元バンド仲間では少しは有名に?なっていましたので声がかかる。

今から思えば会社の面接みたいなものかなぁ~(笑)

客が帰った後でステージで何曲か演奏する、先ほどの超一流の機材で・・・。



他のバンドと競争になるが寺内タケシの“運命~♪”等得意ナンバーの演奏でTさんのOKがでる。

皆全員でガッツポーズ!・・・やれば出来る。

これで憧れのライブハウス紅馬車のステージに・・・♪ 

[PR]

by kansai-g | 2007-04-28 06:03 | 私の青春(ギター) | Trackback | Comments(2)
2007年 04月 27日

ギターとの出会い シャープ5との出会い

その後も練習練習の繰り返しの日々が続く。

相変わらずインスツルメントナンバーばかりでしたが、折からのGSブームが大流行となり我がバンドもボーカルに取り組む流れとなりました。

パイオニア的存在は、スパイダース・ブルーコメッツ等でしたが、大ブレイクのきっかけは、タイガース・テンプターズ等今思えばややミーハー的なバンドだったかなぁ~(笑)

当時 福井のライブハウス 紅馬車 で全日本エレキバンドコンテストの優勝バンド「ゲーリー高木とカントリーブラザーズ」のステージが強く印象に残っています。

流石にプロの音と感動した!

また彼らのギター・アンプ・ボーカルマイク等すべて一流の機材、

記憶に間違いが無ければ(笑) リードギターはモズライト

サイドギターはヤマハのブルージーンズタイプ2台

ベースギターはフェンダーのジャズベース

キーボードはヤマハ、ドラムもヤマハ

アンプはテスコ製セパレートタイプ200W級5台、因みにスピーカ部は畳1枚分の大きさと迫力満点!

ボーカルマイクはAKG、おまけにエコーチェンバーはビンソンと超一流の機材でした。

今揃えば?千万以上の機材でしょうね~凄い!機材でした。

まさかこのステージに自分達が立つとは(笑)その時は思いもせずに聴き入っていた。

ビアーガーデン~ダンスホールのステージを数多くこなしていく内に・・・、

「ザ・チャレンジャーズ」の名前も少しは売れてきたのかなぁ~(笑)

ステージのバイト料を少しずつためて2本目のギターを購入、グヤトーン製のマホガニータイプ、

最初のテスコ製のセミアコはステージでボリュームを上げるとハウリングを起こし、ソリッドタイプのギターが早急に迫られ購入した。
f0138879_22211920.jpg

フェンダーのストラトモデルをコピーした様なギターで2PUゆえ少しパワー不足だが、

ネックが細くとても弾きやすくシャキットとした音の出るギターでした。

後にサイドギターのN君に安~く(笑)譲るが・・・。

3本目がグヤトーン製のシャープ5モデル(パールホワイト)です。

ネックが日本刀の刃のようなイメージでピックアップは3個と相当パワーもあり、このギターとは最後まで付き合う。
f0138879_1440291.jpg

今でも名機と呼ばれていて、購入当時は¥45,000円位だった様に記憶していますが、今やプレミアがついて多分数十万でしょう。

後輩のH君に置き土産にした事が今でも悔やまれる・・・(笑)大事にされているかなぁ~シャープ5君。

人に与えられた物より自分で苦労し手に入れた物は大切にし、今思えば当たり前な事を自然に体験していたのですね(笑)

[PR]

by kansai-g | 2007-04-27 20:49 | 私の青春(ギター) | Trackback | Comments(6)
2007年 04月 27日

ギターとの出会い 初デビュー

夜空の星・蒼い星くず・夕陽は赤く等は少しは聴いて貰えるレベルに・・・

当日は少し震えながらの演奏でしたが、先輩達はよく頑張ったと褒めてくれました。

先輩達から見て、ベンチャーズスタイルの演奏は当時異質に感じたのだろうか、

逆にそれがまた新鮮に映ったんだろうなと・・・(笑)

メンバーとガッツポーズ!!

みんな普段の練習ご苦労さんでした。

演奏会が終わる頃外は白い雪だった、福井の初雪!

バンド仲間は野郎ばかりで  彼女もいない一人ぼっちのXmas・・・、

19歳になったばかりだったなぁ~と(笑)今ふっと思い出した。

両親から初めて離れたXmasでもあったんですねぇ~懐かしくまた感慨深いものも・・・。

その後、加山雄三のカバーはエレキギターの神様「寺内タケシとB・J」

あの、憧れの「ベンチャーズ」までもがカバーしている「君といつまでも」が大ブレイクする前である。

加山さんの音楽センスの良さは、ピアノ演奏からのバックボーンも然ることなが、その音楽才能も素晴らしい。

40年近く時間が経った今でもそう思っている・・・。
                     
加山雄三とランチャーズの湘南サウンドは、

その後加瀬邦彦とワイルドワンズや作曲家 喜多嶋修(女優 内藤洋子の夫)へと受け継がれ、

桑田佳祐(サザン)へと脈々と引き継がれるとはその時知る由も無い・・・(笑)
[PR]

by kansai-g | 2007-04-27 09:53 | 私の青春(ギター) | Trackback | Comments(0)
2007年 04月 23日

ギターとの出会い ザ・チャレンジャーズの誕生

大学に入り、軽音楽部へ・・・(笑)

先ずギターを買わないことには練習も出来ない。

フェンダータイプのソリッドギターが欲しかったんですが、しかしアンプも一緒に購入しなければならない・・・。

f0138879_1429856.jpg
テスコ製で、下宿でも弾けるセミアコタイプに決める。

金額は、13,200円位だったと記憶しています。

当時、親からの仕送りが¥20,000円、高額なのでバイトをして貯め4ヶ月がかりで手にした。

手にした時には嬉しさに・・・思わず(笑)

弾いては手入れ、弾いては手入の繰り返しでした。

何事も苦労して手に入れたものは大事にしますね・・・。

後で知るがボディーの形はギブソンのE-335のコピーモデル、

当時日本のエレキギターメーカーの殆んどがアメリカのギターメーカーのコピー、

ギブソンやフェンダー社のコピーが多かったですね。

下宿でよく聴いていたのが加山雄三とランチャーズの蒼い星屑や

BLACH SAND BEACH~♪インスツルメンタルバージョンばかり・・・、

曲も何度も聴きては弾き、聴いては弾きの繰り返し・・・。

私は手があまり大きい方ではないので、ギターのネックが太いと上手に指が動かせない、

毎晩深夜遅くまでギター練習を・・・・。

後で取得して解ったのですが、モズライトのベンチャーズモデルはネックが細く
f0138879_811294.jpg

手の小さい人でも弾きやすい事が納得(笑)

当時の軽音楽部は、先輩達のJAZZが主流で管楽器が主体でギターはどちらかと言えば脇役の感じでした。

夏の合宿に一年生メンバーがそろい、確か三国町のお寺だったと思いますが・・・(笑)

ドラムK君・ベースI君・サイドN君とだんだん皆の息のあった演奏が出来始めた。

この調子でがんばってXmasの発表会は、先輩達をビックリ!やろうと・・・。

因みにK君は高校の時ボクシング部経験者で

I君は野球部捕手・N君はヨット部と掛け持ちの体育会系のメンバー、

全員の時間が取れない時もあるので、各パーツ部の練習(ベース・サイド)もし、お互いのカバーをしました。

一人三役、これが後で役に立つとは有難い経験でしたね。

インスツルメントバンドはリードギターのウエイトが高く、

新しい奏法の勉強の為、福井から高松の帰省列車を途中下車し(笑)

大阪のライブハウスで前の方でかじり付き、指の動かし方を見て盗んだものだ・・・。

この辺りから段々耳が肥えてきた様に(笑)楽譜が多少しか読めないかわりに・・・。

ギターの3弦に2弦を張りかえたり、弾きやすくなる様弦高・PU高等自分なりに調整もした。

そろそろバンドの名前も決めないといけない時、色々と候補もありましたが

私の独断で我々は是からで挑戦者ではないかと ザ・チャレンジャーズに決め、皆もうなずく・・・(笑)

Xmasの発表会 がんばるぞ!

[PR]

by kansai-g | 2007-04-23 14:27 | 私の青春(ギター) | Trackback | Comments(0)
2007年 04月 22日

ギターとの出会い 強烈な衝撃が

中学2年生の頃だったかなぁ~あまり記憶が定かではないが・・・(笑)

当時よく洋楽のポップス系を好んで聴いていた。

ロネッツのBE MY BABY~♪~



ジョニー・ティロットソンのプリンセス・プリンセスなど、音源はラジオでしたね・・・。

BE MY BABYは最近のコンサートで、浜田省吾のオープニングナンバーとしてカバーされているが、

とても懐かしく感じたのは私だけかも・・・(笑)

そんな時、ラジオからベンチャーズのパイプライン~♪が流れ、強烈な衝撃を受けた。



まったくギターを触った事が無い私に、友人T君のセミアコのエレキギターに触ることが出来、

大感激

今思えば、たぶんテスコ製のエレアコでアンプはグヤトーン製だった様に・・・。

その友人とは高校も一緒だったので、友人がバンドを組むので・・・ベースを担当させてもらう。

しかしエレキベースが買えないので、普通のガット弦のギターにベースの弦を張る。

ネックは反るし、フレット幅も狭く今思えばむちゃくちゃでした(笑)

1番最初のコピー曲は、ビートルズのア・ハーデイズ・ナイトで、

友人の自宅でソニーのオープンリールのテープレコーダーに何回も録音しては聴きの繰り返し、

少しでも原曲の雰囲気に近づければと・・・。

ギター練習の為、レコード盤の溝が磨り減るほど聴きまくりでしたね(笑)

ギターの基礎知識はまったく無く、ギターコードも本を見ながらの毎日練習、

高校3年の頃にはベンチャーズのブルドックのリードが少し弾ける程度だったかなぁ~

しかし自分のギターは未だ持っていなかった・・・。

[PR]

by kansai-g | 2007-04-22 00:11 | 私の青春(ギター) | Trackback | Comments(0)